アナスタシアの模倣ではなくて

すっかりご無沙汰してしまいました。

この半年ほど、コロナウィルスで大変な世の中になっていましたね。。

私は子どもたちとコロナの渦に巻き込まれながら、
何とか日々をこなしていたという感じです。

今回このコロナ渦に巻き込まれたことで、何かが音を立てて崩れる気がしました。
というか、コップの水があふれてしまった。。
やはり、都心の生活の在り方には限界がある。
私自身がもはや限界である。


東日本大震災の時に、このままではいけないと感じて行動に出た方は
大勢いらしたかと思います。
今回のコロナ渦で、リモートワークが加速して、地方に移住したという話を
よく聞くようになりました。

私も子どもがいなかったらすぐにでも移住しますが・・
上の娘が小6で、毎日クラスのみんなと遊ぶような仲のいいクラスのため、
卒業までここにいるというのは約束しました。
でも、娘には
「今回のコロナで都会の生活に限界を感じているので移住することに決めた。」
と伝えています。引っ越したいと思っているところはあるのですが、
自分が引っ越し先の大切な要素として考えているのが、「多様性を認め合う
コミュニティを形成する集まりがあるところ」です。

夫が「田舎っていうけど何県のどこに引っ越したいの?」って言うけれど・・
そういうことではなくて、コミュニティ作りをしているところ、そういうエネルギーが
集まっている場所に移住したいのです。
説明しても分かってくれないので、お互いにお互いがいいと思う人生を歩もう、
ということになっています。(勝手に私がしている。)

女性が男性の仕事の状況に合わせる、という考えもおかしな考えだと思っています。
本来、女性は男性に従属するようなことはなかったはず。
人は性別や人種でその人の生き方を決められてしまうようなことがあってはならないはずです。

田舎で暮らして、安い土地を購入して、
自分が思い描くような生活をしていけたらいいなって思います。

アナスタシアの模倣ではなくて、
アナスタシアの言葉を、アナスタシアの本で述べられている大切なことを
自分の内で消化して、自分の中で血となり肉となる・・・
アナスタシアの模倣がしたいわけではなく、自分の生き方を模索するとき、
アナスタシアの考え方は非常に重要だと思うわけです。

一人一人がアナスタシアを言葉をかみ砕き、自分がいいと思うスタイルを
確率していけばいい。それが大切なのではないかなって思います。